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木曜深夜が熱い!

■甘城ブリリアントパーク
第3話 「テコ入れが効かない!」

それほど奇抜な策を弄するわけではないのですね。意外と手堅い。
天城企画との話はぼんやりとしか覚えてないのですが、譲渡の条件は収益達成ではなく動員数でしたっけ? だとすれば赤字を拡大させてでも数字を達成しようとするのはわからなくもありません。
もっふるが態度を最後に軟化させたのは、1000人よりも1001人を呼ぶためという可児江西也の言葉に、彼も遊びや半端な覚悟で臨んでるわけではないという誠意を見たからでしょうか。
今回は話題づくりのほうに焦点が当たっていましたが、テーマパークとしての魅力そのものをどうにかしなければ未来はありません。そのあたりのテコ入れを見たいものです。

最近は可児江西也ともっふる中心に話が回っていて、その陰で千斗いすずがゆっくり可児江西也への信頼を深めてるといったところですね。
次回タイトルが「秘書が使えない!」ですからいすず回になりそうで楽しみです。


■SHIROBAKO
第2話 「あるぴんはいます!」

四話の作画は交換という形でなんとか決着しましたか。四話の作画監督・瀬川さんにとってはピンチヒッターを引き受けたために本来の仕事が果たせなかったわけですから不本意でしょうけど、人とのつながりという点ではプラスでしたね。

どうも男性陣に「大人になりきれていない大きな子供」が多い印象を受けます。そういうところはこの業界ならでは、でしょうか。女性陣はしっかり現実を見てて頼もしい。でも、男性陣の子供の部分だって悪いばかりでもない。それこそがものづくりの原動力になってる部分もある。しっかり手綱を握ってくれる人さえいればうまく回る。主人公・宮森あおいはそういうポジションにいるのかもしれません。
今回を乗り越えたとはいえ、最終回が定まってないなど、不安要素はまだあります。ですが今回のようになんとか乗り切ってみんなうまく納まるお話であればいいですね。

1話冒頭で登場した五人のうち、進行と原画はすでに武蔵野アニメーションで働いてますが、残る三人はどう関わってくるのでしょう。声優にしろ脚本にしろ、今から新たに「えくそだすっ!」に加わるのは難しいと思いますが………。


■ソードアート・オンラインII
#15 「湖の女王」

「スグ、レアアイテムを追い求めるのだけがVRMMOの楽しみじゃないさ」
「けどオレたち、あの剣を見せてくれたトンキーの気持ちに応えなきゃいけないと思うんだ。アイツもきっと内心じゃ、オレたちがダンジョンを突破することを期待してるんじゃないかな。だってほら、オレたちとトンキーは友達じゃないか!」

自分の欲望を必死で隠し詭弁を弄するキリトがかわいい(笑

シノンはコンバートではなく、GGOにキャラを残したまま、ALOに新キャラを作ったようですね。ALOはレベル制ではなくスキル習熟度を上げるシステムですから、短期間でもそれなりのキャラにはなるのかもしれません。
そのわりに、GGO編でコンバートしたてのキリ子がStrどうこう言っていたのがひっかかりますが。

「しかもそれ、あんまり平和なクエストじゃなさそうなのよ。お遣いや護衛系じゃなくて、モンスターを何匹以上倒せっていうスローター系。おかげで今、ヨツンヘイムはポップの取り合いで殺伐としてるって」
「そりゃたしかに、穏やかじゃないな………」

ちょっと誤解が生じそうですけど、モンスターを倒すクエストだから「殺伐としてる、穏やかじゃない」と言われてるわけではありません。そもそもSAOでもALOでもモンスターを倒すのはごく当たり前の行為です。
殺伐とするのはアスナのセリフの後半にあるとおり、モンスターの取り合いになってプレイヤー同士がピリピリするってことです。


■四月は君の嘘
第2話 「友人A」

「だって……知ってたら公生、来なかったでしょ? だから一所懸命黙ってた」
「やっぱり………ピアノには嫌な感じしかしない?」

椿としては、公生がこのままでいいとは思ってないようですね。
公生にピアノの道に戻ってほしいのは、輝いてる公生をまた見たいという願望が半分、今の公生のあり様を心配してるのが半分といったところでしょうか。
とはいえ、彼の傷の深いのも理解しているので、そこは探りさぐりですね。ただの友達ではうかつに触れられない傷ではありますが、そこにゆっくりでも踏み込んでいけるのは幼馴染だからでしょう。

「………緊張しちゃうな。私の音楽、届くかな?」
「ねえねえ、キミはどうだった? すごかったでしょ、私! ………どう、だった?」

奔放に見える彼女。
実際、自分の音楽を押し通すだけの勇気ももっている。
けれどやはり年相応の女の子なのです。コンクールの審査基準に合わないからと否定されるのはかまわなくても、自分の音楽そのものを否定されることは怖い。
それを手の震えだけで見抜き、当たり前の評価ではなく、彼女のもっとも知りたかった結果に置き換えた公生はさすがですね。そう、彼女にとって大事なのは、技量の評価などではなく、自分の音楽が聴衆に届いたか否かなのです。
ただ、それを公生自身の感想ではなく、幼い少女たちの感動に置き換えたところに、彼の戸惑いが覗えます。自分自身が彼女の音楽を肯定することに、まだ躊躇があるのでしょう。

「もう一度聴きたいけど、聴きたくない。もう一度会いたいけど、会いたくない」
それは、自分の知る音楽が壊されることへの恐れと期待なのか、
今のモノクロな安息の日々が終わる予感なのか、
それとも   

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