スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  拍手する

新世界より

この歪な社会構造に疑問を抱いた主人公・早季が町に変革をもたらすお話かと思っていたら、外敵   反乱を起こしたバケネズミによって町が存亡の危機に陥るという意外な展開でした。
ですが、終わってみればそれすらも社会の変革のための一要素に過ぎなかったのですね。結局早季はバケネズミ誕生の真実を知るまで、本当の意味で自分たちの罪を理解することはなかった。スクィーラに向かって「謝って」などと頼んだのがその証拠です。
自分らの社会が犯してきた罪の重さを知って、なお前に踏み出すためにこれほどの犠牲が必要でした。

スクィーラの行動はおぞましいことばかりでしたが、「すべて戦術の一環」であり、過ちはただ一点「負けたこと」だけだという主張は正しいと思います。
彼に対する嫌悪や憎悪を抜きにすれば。
バケネズミのルーツを知るまで、早季も覚も「ここまでされるようなひどい扱いをした覚えはない」という態度を崩していません。あくまで飼い犬に手を噛まれた気分でいるのです。
ですが、同じ知性体でありながら一方が一方を管理していることがおかしいのです。生殺与奪の権を握ったまま、自治を与えているんだからいいじゃないかというのは、握られた側の立場に立っていない。スクィーラが、奇狼丸が、どんな気持ちでニンゲンに仕えていたか、早季も覚もまるで理解していなかった。奇狼丸でさえ人間への反乱を企てたことがあると知らされ、スクィーラに「私たちは人間だ!」と叫ばれても、なおわからなかった。
彼らが元は同じ人間であったという事実を知ってようやく、二人は彼らを対等の知性体として扱ってなかったことの罪に気づいたのです。

---------------------------------------------------------------------

スクィーラのことは到底好きになれませんが、指揮官として立派な最期でしたね。
早季たちに連行されれば町からの復讐が待っていることは彼にもわかっていたことでしょう。しかし彼は自殺を選ばなかった。たとえどのような目に遭っても、自分らの主張を伝え、ニンゲンに呪いをかけることを彼は選んだのです。

鏑木肆星、日野光風、朝比奈富子という町の三巨頭が失われるのも物語上の必然でした。特に富子さまは絶対に死ななくてはならなかった。彼女が健在のままでは奇狼丸との約束を果たすことも、町の変革を推し進めることも難しいでしょう。逆に彼女から後事を託され、悪鬼を打倒したことで、町における早季の発言力が増大したことは疑う余地もありません。

  拍手する
コメント

No title

最終回だったんですか?
ここの記事を読むだけで、アニメそのものは見なかったのですが、結構原作小説に忠実だったみたいですね。

No title

私は原作未読ですが、世界観が物語の鍵になっている作品ですから、改変は難しそうですね。
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。