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夏目友人帳 第八話「惑いし頃に」

七瀬の少女時代は永田依子さん(けいおんの純ちゃん役)でしたか。わかった上で聞き直せばああそうかと思うけど、やっぱり広橋さんと声質似てますね。あそこまでのクセは無いけど。

結局のところこれは、祓い人としての自分にどう折り合いをつけるか、って話だったのでしょうか。

夏目友人帳におけるスタンスというのは三つあって、
妖はとにかく滅するか利用するかの二択という対立的見方しかしない的場、
そこまで極端ではなく、あくまで人に仇なす者には容赦なしという現実的な対処の名取、
対処としては封印までが限界で、たとえ凶悪な妖といえど残酷な仕打ちはできないのが夏目です。

で、少女時代の七瀬は出発点が夏目と同じなんですよね。やや攻撃的になってるだけで。
その彼女を立派な祓い人へと変えたのが「業」という言葉であったと。

恩人の願いを叶えるため恩人を封じるという、このやりきれない体験を自分の中で消化して心の平衡を保つために、「業」という言葉は都合が良かったのかもしれません。
「業」というのは生き方であると同時に、その世界での「役割」でもあります。
今までのように情に縛られていてはミカゲの願いは果たせなかった。自分は祓い人としてこれでいいのだ、という自己肯定を「業」という考え方によって得た、というのが私の見方です。
後ろ向きだとは思いますが。
たぶんこのお話は、もっと前向きなとらえ方もできる気がしますけどね。

もし七瀬が私の言う意味で「業」を免罪符としていたのだとしたら、ミカゲの珠石がすでに持ち去られており、彼女自身の手でミカゲを解放できなかったことにどのような意味があるのでしょうか?
もしこのお話に夏目が介入しなかったとしたら、七瀬の人生は変わったのか、私には判断がつきません。


夏目友人帳の世界では「穢れ」という概念があるようですね。
人間の性根というのは体験によって形成されますが、妖は「穢れ」をまとうことで祟るようになります。穢れというのは元は悪意や負の感情であって、それが中や外から妖を侵食し、その身を鬼や悪霊へと堕とすものなのですね。だからこそ浄化することもできる。
そのへんは玄と翠の話や三つ目の妖怪の「清める」という言葉から推測できます。原作でいうと4巻です。
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