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もしドラは、最終回まで見終えたあとに7話のお見舞いシーンを見返すべき

「今日はかぶっていたかったの♪」
病室にいても、心は球場に。
こんな夕紀に片思いしてた部員も一人や二人じゃなかったでしょうね。
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◆なぜ夕紀は死ななくてはならなかったか?

この作品を通じて作者の最も伝えたいことが、マネジメントの有効性ではなくマネジメントの喜びであったとしたら、たしかに夕紀は死ななくてはならなかったんだろうと思います。
夕紀がいる限り、みなみのマネジメントは全て夕紀のためのものです。
でもその夕紀を失ってなおマネジメントに喜びを感じることが出来たなら、そのとき初めてみなみはマネジメントを自分自身の喜びとして受け入れることができる。

◆プロセスと結果

7話のお見舞いシーンでみなみが結果に固執したのは、やはり夕紀の存在があったからなんだと思います。
あの時点でみなみのマネジメントはあくまで「夕紀のためのもの」でした。
彼女に甲子園出場という感動を与える   それこそがみなみの求める唯一無二の結果だったのです。
いくら夕紀がプロセスを大事だと、これまでの頑張りを認めてくれても、夕紀を感動させることを至上命題としていたみなみにはその言葉が慰めや妥協にしか聞こえなかった。
夕紀との意見が食い違った日の帰り道、みなみは「わかってるよ」とつぶやいています。彼女にも夕紀の言い分はわかっているのです。たとえ甲子園出場が果たせなくても、野球部のみんなの努力の価値は決して損なわれるものではない。
けれど繰り返しますが、みなみのマネジメントは夕紀のためのものだったのです。だから結果を出さなくてはならなかった。甲子園出場という最高の結果を。それ以外の成果は二次的な価値しかもたなかったのです。
ですから、あそこでみなみが「マネージャーとして真摯さに欠けるから」と結果にこだわったのは、決して『マネジメント』を妄信していたからではなく、夕紀のためのマネジメントに固執するための建前だったのではないでしょうか。

◆夕紀の伝えたかったこと

「言うべきことを言わないと、後悔するって」
「私、みなみに感謝してる。私に感動をくれたから」
「小学生のときのこと?」
「そうじゃない、みなみがマネージャーになってからのこの一年、私は本当にみなみに感動させられたの」
「この一年、私は本当に感動のし通しだった。小学生のときの感動にも負けないほど、みなみが野球部でしてきたことに、私は、喜びとか、感動とか、やり甲斐とか、生きる勇気とか、色んなものをいっぱいもらったわ」
「みなみは私のヒロインなんだ」


以前の日記で、甲子園に行けなくてもみなみが落ち込まないように夕紀が予防線を張ろうとしたのだと書きましたが、撤回します。夕紀の伝えたかったことって、本当にこの言葉通りの意味だったんですね。
みなみの行ってきたのが夕紀のためのマネジメントだとしたら、もう成果は出ていたのです。みなみが野球部で頑張る姿こそが、夕紀の生きる支えになっていた。

けれどこの時点で、みなみは夕紀の言葉を正確に受け取ることが出来なかったのです。それは私も同じです。これを夕紀の優しさや気遣いだと思ってしまった。
これを夕紀がどんな覚悟の上で告げたのか、知らなかったからです。

最終回でみなみたちを好きになったのなら、どうかもう一度7話のこのシーンを見返してみてください。



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もしドラの一挙放送は終わってしまいましたが、毎週木曜深夜24:15にレギュラー放送してます。たぶんまだ第2話くらいです。
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