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私はこんな戦ヴァルが見たかった。

戦場のヴァルキュリア (3) (角川コミックス・エース 149-6)戦場のヴァルキュリア (3) (角川コミックス・エース 149-6)
(2009/10/25)
鬼頭 えん

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どうして鬼頭先生の描かれるアリシアはこんなに輝いてるんだろう。イサラも可愛くていじらしいし、アニメじゃ空気読めない子だったロージーでさえ魅力的です。
これが力量というものなんでしょうね。キャラをパーツだけで捉えていない。このキャラにはこんな過去があって、こんな能力で、このような立ち位置で、人物相関図はこんな具合でetc……。
キャラ要素の把握なんてあくまで最低限のこと。それだけで物語を描こうとすれば人物は薄っぺらくなってしまいます。受け手の共感など得られません。
けれど鬼頭先生のマンガではキャラが人間として生きている。一個の人間として場面場面でものを考えている。作り手としての想像力があり、それを表現するだけの力量がある。
だからキャラが輝くんだと思います。
この方が戦ヴァルのコミカライズを担当してくださって本当によかった。感謝します。

マンガ版は第七小隊の結びつきにも重点が置かれているのがよいですね。
本気で仲間の身を案ずる者、軽口を叩く者、そういった個々の人格を持った隊員同士の会話がしっかり描かれ、積み重ねられることによって、読者は彼らの連帯感を、人間関係の連なりを感じ取れます。

ヴァルキュリアの問題ですが、アニメではファルディオが一人で悩んでいただけだったのに対し、マンガ版では早くからみんなの問題として取り上げられていますね。ウェルキンも、バーロット大尉も、エレット女史も、何よりアリシア自身が己の身に流れるヴァルキュリアの血を自覚している。各人の想いの錯綜があっておもしろい。
そして、ヴァルキュリアをただの戦力としてではなく、国民の信仰の対象として描くことも忘れていません。これは後々ランドグリース家の歴史を紐解く上で決して欠けてはならない物語上の背景です。

アニメではウェルキンたちの追跡をあきらめるだけだった帝国の指揮官ですが、こちらでは味のある人物として描かれていますね。ウェルキンとの再会も、結末も、戦争の無情さを思い知らすに十分なエピソードでした。

そして衝撃のラスト。ああ、この悲劇はやっぱり変わらない………っ!


とらのあなでの購入でしたが、特典としてイラストカードがついてきました。アリシアとイサラが可愛すぎるっ!


Fate雑記さま、電子伝達係さま、怒濤のくるくるシアター。さま、かじゅももの捕捉ありがとうございました。
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