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戦場のヴァルキュリア 第十四章 ファウゼンの選択

OPEDが変わりましたねー。
新OPは、旧OPと比べるとTV版から劇場版に変わったのかと思うくらい動きも絵柄も違います。私はどちらも好きですが。
それよりも新ED。今日のこの終わり方でいつもの旧EDが流れたらどうしようかと一瞬思いましたが、しっとりとした新EDのおかげで落差を感じずにすみました。
まあそれも次回予告で台無しでしたが(笑

人の尊厳を踏みにじることの残酷さを目の当たりにしたロージーに、意識の変化が訪れたようです。しかし彼女はそれでも、許すことはできない、と。
短く流れた過去の映像から察するに、ダルクス人に家族を殺されたとか、そういった理由でしょうか。
………私はそれで憎しみを抱くことを否定はしません。無理もないことだと思うからです。
ですが、自分が悪意の被害者になったからといって、そこで生まれた憎しみを誰かにぶつけていい理由にはならないのです。たしかキノの旅でも似たような言葉が語られていましたね。どのような怒りも憎しみも絶望も、あなたが正しいことの証明にはならないのだと。

グレゴール将軍の最期でした。
人間としては尊敬できない人でしたが、軍人としてはひょっとしたら優秀な人だったのかなと思い直しました。劣勢を奇策でひっくり返すウェルキンとは対照的に、これならば勝てるというだけの準備を整えて戦いに臨む、まっとうなタイプの軍人だったようです。
最期の捨てゼリフ、「これだけは忘れるな。ダルクス人を、罪もない民間人を犠牲にしたのは、お前たちの   についてですが、これは感心できませんね。負け惜しみの類です。
自らの判断で民間人が死んだんだ、とウェルキンたちが心に刻むのはかまいません。ですが、実際に殺した側の人間が言ってよいセリフではないのです。どのような経緯があったかは問題ではありません。どのような殺人行為も、その責任をどこかに転嫁したり、まして正当化することがあってはならないのです。

ザカは隻眼かと思っていましたが、あれは普段から意識的に片目を閉じていたということなんでしょうか? 実際にやってみればわかりますが、これは結構難しいことです。片目を閉じると、開けている方の目は伏目がちになるか視線が険しくなります。自然に開けておくのはなかなかできません。
どうして彼がそんなことをしていたのか気になります。

以前から思っていましたが、ウェルキンとファルディオとではアリシアへの接し方が決定的に異なりますね。
ウェルキンはアリシアを頼りがいのある仲間として、特別な信頼を寄せています。だから困難な任務を任せるのです。
それに対しファルディオは、まずアリシアに女性として接するのです。だから彼女の安全を誰よりも気遣い、その動向と周囲に目を光らせている。ファルディオ自身もそれができるだけの能力を備えた頼りがいのある男性です。
どちらが優れているということはありません。スタンスが違うだけのことです。だから問題は、アリシアがどちらの態度を望んでいるか、そこなのでしょう。

テーマ : 戦場のヴァルキュリア - ジャンル : アニメ・コミック

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コメント

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No title

OPはひどいネタバレでしたね(笑
今のところ確信のもてる描写には至っていないのであれはまずいんじゃないかなぁと思います。もっとじわじわばらしてほしかったなぁ。

アリシアは芯の強い女の子ですからね。ウェルキンのような頼られ方は嬉しいんじゃないかと思います。けれど彼女は恋愛経験の薄い乙女ですから、ファルディオの攻めにも弱そうですが。

>数分後のファルディオ自身のセリフを言ってやりたいですね
戦場でのんきな会話をかわすのはこの作品のお約束のようなものですが、ファルディオはそれが許されるキャラクターだと思っています。彼にはなんというか、それだけの余裕と能力があるんですよね。
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